いわての新鮮力

花巻市 稲作農家 新渕伸彦さん

 9月下旬、花巻市太田地区。黄金色の波を切り開くようにして大型コンバインが田の中を縦横に走る。その場で稲穂は脱穀され、トラック荷台の籾の山が見る見るうちに大きくなっていく。1枚の田を刈り取る早さはおおむね30分ほどと早い。

 「今日は稲の倒れていない田んぼが中心。ざっと見た感じだと今年は穂が少し長い気がします。でも、米の善し悪しは(籾を)むいてみないとわからないから」。コンバインを操作する新渕伸彦さんが話す。手にした稲穂は、手塩にかけて育ててきたひとめぼれ。後継者となって6年目、今はおよそ11ヘクタールに広がった田をほぼ一人で管理しており、収穫の時期はいつにも増して忙しい。刈り取り適期を逃さぬよう、計画的にしかも手早く作業は進む。

 管内の耕地面積のうち、8割以上が水田で占められるJAいわて花巻。そんな県下屈指の米どころでも少なくなりつつある専業農家の新渕さんは、米を中心にハトムギや大豆などの転作作物を栽培している。青年部活動では花巻地域太田支部長と花巻地域副委員長を兼任し地域貢献活動に取り組み、また昨年まで岩手県農村青年クラブ(4Hクラブ)の会長をつとめ、現在は県の農業農村指導士として地域農業や農村の振興にも意欲的だ。

 だからこそ、昨今の農業を取り巻く情勢の変化が気にかかる。米農家を対象に始まった戸別所得補償制度はいうまでもないが、それに伴って米価の変動や農家の意識変化など“余波”はさまざまな面にも及び始めている。とりわけ最近増えつつある食用米の飼料米や加工用米への転換は「本当の百姓ならそんなことはできない」と、厳しい言葉が口をつく。その一言には、ゼロから学び挫折も味わった米づくりへの揺るがぬプライドがにじんでいる。

 花巻で暮らす前は、北海道の工業高校で建築助手をつとめていた新渕さん。農業後継者となった1年目、化学肥料をめいっぱい投入した田の収量は激減した。壁にぶち当たっていたその時に発酵鶏糞に出会い、現在は化学肥料や農薬はほとんど使わず発酵鶏糞のみで米を作る方法を確立したという。「鶏糞は肥料コストも抑えられ土も肥えるし、以前と比べるとくず米もほとんど出ない。これが専業でやっていく秘訣。経費を落としつつ収量を上げることで、戦略的にも勝てると思います」。試行錯誤の末に手にした信念は、揺らがない。

 7年ほど前から受け入れているグリーンツーリズムでは、関東などからの中学生に対し田植えから収穫まで米農家のあらゆる仕事を体験させる。楽な作業ばかりではないが、夕食にはバーベキューを囲み夜は枕を並べて寝ることも。「食育よりもまず私たちの『生活』を見せたい」が、新渕さんの思いなのだ。

 「いいものはまずやってみる」と新渕さんはいう。地域貢献はじめ、有機肥料による米づくり、そしてグリーンツーリズム。さまざまな情報発信の先に、岩手農業の未来図は描かれる。

インデックスページへ戻る