いわての新鮮力 花巻市 野菜栽培 伊藤邦彦さん

 県内有数のIT企業の社員として、最先端の製品企画や営業員研修に取り組んでいた伊藤邦彦さん。花巻市で代々続く農家の生まれながら「農業への興味もやる気もまったくなかった」という。そんな伊藤さんの転機は、転勤先の東京で訪れた。
 「自然に囲まれた岩手の生活のすばらしさと食の大切さに気づき、作物を作る農業っていいなと思ったんです」。
 大学進学も企業への就職にも反対しなかった父は「農家は大変だぞ」と気遣ったが、「親父から学べるのは今しかない」と、伊藤さんは6年勤めた会社を辞めて就農した。「父親や家族が苦労して残してきたものを、長男として受け継ぎたい。これが自分にとってベストの選択だと思ったんです」。その決意と覚悟は、就農から4年が経った今も変わっていない。

 伊藤家は水稲のほかナスやエダマメなど野菜類、そして花巻でも2軒のみという杉苗の生産に取り組んでいる。4月は杉苗の植え替えにナスの定植、そして5月の田植え以降は杉苗はじめナスやエダマメと生産物の出荷がどんどん続くが、伊藤さんは就農1年目は盛岡から通って農作業をしていた。「雨が降ったら休みのサラリーマン農業。それでも、朝起きると手がこわばっていたり口が開かなくなったり、体の異変がありましたね」。社員時代との根本的な違いにとまどいながらも、就農と同時に始めたナス栽培に専心し、一昨年からは市内の温泉ホテルと契約しナスを出荷。収量と品質の向上に加え販路拡大にも努めてきた。
 青年部活動にも積極的に取り組んでいる。昨年は、地域の保育園の子どもたちとエダマメやトウモロコシを植えて収穫したのち販売し、大豆を使って豆腐づくりも行った。子どもたちの喜ぶ顔に食育事業の手応えを感じつつ、あらためて考えたのがJAの役割だった。「時代の変化でしょうが、自分が子どもの頃のような『JA=地域に根ざした団体』というイメージが今は弱いと思う。だから青年部として、もっと地域に関わっていきたいんです」。商工会と連携して石鳥谷地区の「蔵まつり」などのイベントにも参加したのは、そんな思いの現れだ。個人としても昨年から4Hクラブに参加し、若手農家のネットワークを築きはじめている。

 4年の仕事で栽培スケジュールも見えたことで、目下は畑の利用率を上げるべく新たな作物の導入を考えている。その一方で水稲や杉苗はわからないこともまだ多く、父や祖母から日々学ぶことの多さは変わらない。それでも秋、息子や妻、家族総出で行う稲刈りのときに「こういう暮らしを望んでいた」と、父親としての思いをかみしめている。そして自分が作った農産物を「おいしい」と喜ぶ消費者の存在にも力をもらっているという。
 農業には、サラリーマンのような休日はない。しかし子どもや家族のそばで暮らせ、時間の使い方も自分で決められる。「そんな生き方が自分にはあっているんです」。そう話す伊藤さんの笑顔は、とても穏やかだった。

(取材日/平成23年11月15日、取材・撮影/フリーライター 井上宏美)

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