いわての新鮮力 雫石町 繁殖和牛生産 横森啓太さん

 平成24年1月中旬。ひときわ厳しい冷え込みの中もうもうと白い息を上げながら、数百頭の子牛が広いつなぎ場いっぱいに繋がれている。本日は、ここ雫石町のJA全農いわて中央家畜市場での今年最初の子牛のセリ。全国各地からの購入者が見守るなか、関係者を招いての鏡開きが行われ、続いて餅まきが行われた。「せーのっ!」新しい年への期待を込めて威勢よく餅をまく人々の中に、赤いツナギを着た青年がいる。雫石町で和牛繁殖を手がける横森啓太さん。JA岩手県青年組織協議会が認定した、今年の「純農Boy」である。

 横森さんが故郷の雫石町に帰って来たのは5年前。東京でのバンド活動に自ら区切りを付け、手探りのなかで始めたのが実家の牛の世話だったという。「これが面白かったし、初セリでは手がけた子牛に思いがけない高値がついた。『牛でやっていこう』って、あのとき決めたんです」。もともと実家の生産物の主軸は米とシイタケ。飼料の量や与え方など基礎中の基礎は近隣の畜産農家から実地で教わり、自らも獣医学書や専門誌を読んで知識を増やした。また同じ頃、中央家畜市場でセリの手伝いを始めたことで多くの人と出会い学び、何より得難いネットワークを築くことができたという。現在は約20頭の黒毛和牛を飼養しているが「市場で得られるものは大きい」と、セリの日は変わらず市場に出て働いている。

 牛飼いとして走り出して5年、横森さんは理想とする牛を「体が詰まって首が太く、脂ののっていないすっきりした牛」という。脂がつけば市場でこそ見栄えするが、それ以上大きくするのは難しい。「無理に大きく見せるより将来大きくなるように育てたい。売れる肉になるかはいい子牛が作れるかどうかだから、枝肉になるまでをイメージして牛を作っています」。基本は丈夫な内臓を作ることと、子牛は親につけずに哺育するのも横森さんが取り入れた飼養法。手間はかかるが、市場で叩き出してきたA4、A5ランクがその確かな証しである。

 もうひとつ、横森さんが大事にしているのが人との出会い。市場関係者はもちろん子牛の購入者へも名刺を渡し、時には酒を片手に牧場を訪ねていくことも。そんな心くばりの積み重ねはセリ値にも反映し、“名指し”で買い付けてくれる人も増えているという。「従来と同じ農業をやるんだったら人との繋がりなんていらないだろうけど、俺はそんなのはイヤ。流通範囲を広げるためにも多くの人と出会いたいと思う」。純農Boyを引き受けたのも、新しい世界との出会いを期待してのこと。異業種はもちろん、普段は遠い存在の組織トップへも若手農業者の「声」が届くかもと笑う。真っ赤なツナギは、横森さんの情熱そのもののようだ。

 横森さんは、名刺の肩書に「百姓」とあえて記している。食べ物を作り副産物で生活道具や工芸品を作れる農家は百の姓(かばね)、すなわち百の職業をこなす存在とされていたという。「そういうのっていいなぁと思って。俺も将来は肥育もしたいし、肥育をしたらさばいてもみたくなる。そしていつか『おいしい』と喜んで食べてくれる顔が見られるように、今の技術をもっと高めていかなくてはと思っています」。岩手の畜産業の未来が、見えた気がした。

(取材日/平成24年1月19日・1月22日、取材・撮影/フリーライター 井上宏美)

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