いわての新鮮力 奥州市 米栽培 千葉宙生さん「毎日が農業の勉強中です」と千葉宙生さん


父の永さんは米づくりのベテラン。学ぶことは多い


例年およそ2000袋もの米を出荷する。今年はどうか


作るのは「ひとめぼれ」。美味しさには定評がある

 後藤寿庵によって開墾が進められた時代から400年余り、県下屈指の穀倉地帯として歴史を刻んできた奥州市水沢区。今も耕地の6~7割が水田で占められており、米専業の農家も少なくはない。そんな米農家の11代目として生まれた千葉宙生さん、現在は会社勤めの傍ら父の永さんから指導を受け、米づくりに取り組んでいる。
 千葉家では20年程前まで養豚も手がけており、「餌やりは楽しかった」と宙生さんは記憶を振り返る。しかし小学校に入ってからは野球に全力投球し、社会人になってからも外野手として活躍を続けた。「大会があるのは大抵春だから、田掻きも田打ちもできない。本当に忙しい時に両親の手伝を出来なかったんです」。だが30歳を前に気持ちに変化が起き、農業に取り組んでいこうと決意。機械のオペレーターから始め、気がつくと15年近くが過ぎた。


風格ある作業小屋。奥の母屋は築120~130年になる


カメムシ防除のための薬剤散布は家族共同作業


父の永さんがホースをさばきながら散布していく

 農作業は会社が休みの土日に集中して行っているが、春先の田掻きや田打ちは出社前に行うことも。受託を含めて10町歩余りの田を管理しているため、ローテーションを考えながら作業していく。「この時期は毎日が実地訓練のようなもの。田植えの時期をはずさないように自分なりに考えてやっていますが、10町歩もあるので携帯電話で父とやり取りできるようになるまでは苦労しました」と宙生さん。田掻きの2~3日後には永さんと母の静枝さんが田植えをするため、いかに効率よく作業を行うかが大切であるという。
 田植え後は、とにかく水見(水管理)が大事だ。父の永さんは「天気を見ながら日中は浅水にしたりと、6月中旬までは気が抜けない。下旬からは中干しで、花が咲く時期にはたっぷりと水を与え、その後は水を入れたり抜いたりして…」と、工夫と苦労を話してくれる。間もなく完成する胆沢ダムのお陰で水量が豊富になったため、盛夏時の水管理は随分楽になったという。とはいえ、毎日の「水見」が大事なことだけは変わらない。 


カメムシ防除は出穂後わずか1週間程度で完了させる


今年は田植え後に天候回復。平年以上の出来を期待


右より、千葉宙生さん、母の静枝さん、父の永さん

 秋も間近になると、今度は宙生さんが草刈りに忙殺される。なにせ広さ10町歩もの田だから、「1周りすると最初の田が草ぼうぼう」と宙生さんは苦笑する。穂が出てからはひたすら草刈りで、さらにカメムシに対する防除も待っている。収穫まで、まさに休む暇はない。
 千葉さんの田がある水沢区真城では今、経営体育成基盤整備事業のための調査が始まっている。「計画そのものは10年以上前で、当時は反対者が多かった。でも今は圃場を大きく広げて組合に管理をお願いしたいという風潮」と永さんは言う。個人から集落営農へと農業環境がシフトしていく中、カギとなるのが担い手の有無だ。
 「現時点では、基盤整備も含めて農業の展望が見えてこない。しかしいずれは自分一人の力で作業を出来るよう今は勉強しているつもり」と、宙生さんは自身の役割を意識する。米づくりの歴史を継いできたこの地にも、大きな変革の風が吹きはじめている。

(材日/平成25年8月18日、取材・撮影/フリーライター 井上宏美)

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