いわての新鮮力 一関市東山町 花き栽培 那須俊裕さん一関市東山町で花き生産を手がける那須俊裕さん


小菊の花色の基本は赤・白・黄の3色


花の咲き具合や容姿など、品質向上につとめている


小菊は寒いと花が前進、暑いと後進する特徴がある

 東北有数の小菊産地である一関市東磐井地区。生産振興への取り組みは約30年前から始まり、平成12年に「いわい東農協花き部会」が設立されると翌年には年間販売額1億円を突破。以降も金額を伸ばし続け、平成19年には4億円、20年には5億円を達成した。
「当時は、出せば売れる『小菊バブル』の時代。一定量をまとまって出せる産地の強みも大きかったと思う」。
 JAいわて平泉花き部会の副部会長をつとめる那須俊裕さんが言う。若干27歳ながら生産現場はもちろん市場の動向にも通じているのは、以前は東京の大手花き市場で働いていたという経歴からくる。「昔から花に関わる仕事がしたくて、高校を卒業して就職したのが花きの卸売会社。そこで初めて、自分の住んでいる東磐井が東北一の小菊の産地と知ったんです」。会社では競りから販売まで流通のあらゆる仕事を経験、実績を積んで戻り、23歳で就農した。


小菊の株は冬越しで管理。翌年の挿し芽にも使う


「作付けは暑くなるのを前提に行う」今夏の気候が気になる


挿し芽を取るのは手作業。機械化はできない

 売り方は知っていたが、実家は水稲と和牛繁殖の兼業農家。花の作り方は管内の小菊生産者のところへ行きゼロから学んだ。夏の高温や大雨、台風に向き合いながら、4年をかけて70アールまで栽培面積を増やした。
 小菊の生産は、需要最盛期の8月のお盆にむけて行われる。5月に挿し芽を畑に定植し、伸びた芽を3本の茎立ちになるように仕立て、消毒を行いながら梅雨時期を管理する。「6月から7月は湿気も多いし気温も高い。小菊は葉も商品だから、病気がつかないように一番気を使う」。梅雨が明ければ早生種が咲き始め、以降は需要ピークのお盆にかけてひたすらの収穫作業。品種ごとの収穫ローテーションを考え、効率的に作業できる手順を考えながら行っている。「小菊は収穫期が1週間もずれてしまえば、単なるゴミにしかならないから」。そこには、野菜や米とはまったく違う厳しさがある。
 現在、管内の花き生産者は約270人。東北屈指の産地というブランドを守るため、部会では出荷のルールや指導会の実施を通して品質の向上につとめている。副部会長の那須さんは栽培のかたわら首都圏の花屋や加工業者を訪問し動向を確認、市場から評価される商品とはどういうものかを部会員に伝えてきた。「昔のように270人が270通りの考え方で栽培をやっていては市場評価は下がる一方。それぞれの市場への出荷規格に合わせて、産地全体の品質を揃えられるかで一人ひとりに入ってくる収入も違ってくる」。そんな風に生産者のプライドと市場ニーズの間で奮闘する那須さんら役員にとって、今春のJA合併は大きな節目だ。「小菊の生産が伸びていくか沈んでいくかはここ1~2年にかかっているとみんなが感じている。旧JAいわい東では厳しい出荷規格や販売ルールを掲げてやってきたし、JAいわて平泉の花き部会になっても自分たちで引っ張っていこうと考えています」。


ひとつの育苗箱には200本の挿し芽を植える


休耕地を活用したハウス。小菊ほかりんどうも生産


若手生産者のリーダーとしても期待されている

 高齢化などによる生産規模の縮小や気候変動による品質劣化など、小菊の生産も他の農産物同様に厳しさを増している。那須さんも「自分のやれる範囲はこれぐらい」と、現在の栽培規模を変えるつもりはないという。だがそれは、現状を維持するだけの消極的な姿勢ではない。「要は小菊の品質を上げていけばいい。100本の花を作って出せるのが60本ではなく、80本までいけば面積あたりの販売額も上がっていくので、今後はできるだけロスをなくしていくのが目標」。やみくもに広げるのではなく、きちんと手と目が届く範囲で品質のいいものを作っていく。産地として生き残る道はこれしかないと、那須さんは知っている。

(取材日/平成26年5月1日、取材・撮影/フリーライター 井上宏美)

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