葛巻町 畜産家 酒多利明さん家畜人工受精師としても活動する酒多利明さん


朝5時の搾乳、受精師の仕事後も牛の世話が待つ


受精師の仕事道具、精液を保存する容器


液体窒素により凍結された精液が入っている

 「実家の隣が酪農家で、小さい頃からしょっちゅう牛を見に行っていました。中学生になると部活が終わってからほとんど毎日牛舎の仕事を手伝うようになって。両親も応援してくれていたし、自分でも将来は酪農家になるんだろうなと思ってました」。

 子どもの頃に描いた将来の自分。それを実現した酒多利明さんが朗らかに笑う。義兄の経営する八幡農場でともに働くようになって5年、現在は全3棟の牛舎のうち1棟分50頭のホルスタインを任されているほか、採草地の管理などにも忙しい毎日を送っている。それだけではない。実は酒多さん、家畜人工受精師として葛巻町内の酪農家や畜産家を支える仕事も担っているのだ。

 非農家の出身でありながら、酪農家を目指した酒多さん。農業高校の畜産科から専攻科へと進学しながら「何か資格をとりたい」と家畜人工受精師の資格取得を決意、専攻科に籍を置きつつ1年間の北海道実習にのぞんだ。「北海道に行ったのは実地訓練が出来るから。帰ってきてからも勉強を重ね、一発で合格することができました」。知識はもとより経験も求められる受精師、北海道での体験は合格を引き寄せた大きな一因になったようだ。


葛巻町にはJA以外、3人の家畜人工授精師がいる


優良種雄牛の情報が載るブルブックを片手に


ビロードのように細かな皺。皮が薄いのもいい牛の条件

 酪農家と受精師、二足のわらじを履く酒多さんの1日は、朝5時のほ乳にはじまる。子牛の世話が終わると親牛の搾乳を開始。ミルクローリー車が集乳にやってくる7時半過ぎまでに50頭の牛の世話を済ませてしまう。それが一段落すると、いよいよ受精師の仕事がスタート。牛に発情兆候が現れた農家から電話連絡を受け、現地へ行って牛の状態を確認し受精作業を行う。

「牛の卵巣を直接手で触り、柔らかくなっていたら精液を注入する。1頭10分程度で済むんですが、牛によって卵巣の具合や排卵のタイミングが全然違うから見極めが重要になってきます」。

 最初の頃はこの見極めどころか「臓器の位置がわからないこともあった」と苦笑いする酒多さん。それでも持ち前の向上心と努力で技術を磨いてきた。受精は子牛の善し悪しを左右する重要な仕事、だからこそ酪農家から選ばれる受精師であるために日々の研鑽は欠かせない。「皮膚の質感や骨の質、そして乳房の質。自分なりの理想の牛があって、それに近づけようと努力してきました。ここ3年で理想に近い牛は出来てきたけど、まだまだですね」。この春も岩手県北ホルスタイン共進会で2頭が1等賞を受賞している。志は高い。


乳房も重要な要素。質と付着の良さが決めて


先頃も「岩手県北B&Wショウ」で最優秀牧場牛群賞を受賞


義兄の八幡勝幸さんと。葛巻の酪農を担っている

 酪農に加えて、4年前からは和牛の繁殖にも挑戦。現在は8頭の和牛を飼育しており、受精も自分で手がけるつもりでいるという。種類は違えど牛の管理なら慣れたものと思うが「ホルスタインと違って手がかかる」と酒多さんはいう。それでも、自らが選んだ仕事の幅を広げていくことに躊躇はない。

「酪農も畜産も休む暇がないといわれるけど、現在はヘルパー制度も充実しているし、要はやり方次第。市場では乳価も子牛の値段も上昇傾向にあるし、畜産業にとっての『チャンス』が来ていると思っています。可能なら採草用の畑を増やして事業の規模を拡大していきたい」。

 酪農のまち葛巻で、念願の酪農家として生きる酒多さん。「何しろ俺もこの仕事しか出来ないし」と話す横顔には、天職を見つけた人の充実感がにじんでいた。

(取材日/平成28年4月19日、取材・撮影/フリーライター 井上宏美)

インデックスページへ戻る