北上川と、五内川に挟まれた地。ほ場整備は入らない平成27年度の純農Boyとして活躍する戸塚陽平さん


農業への思いは父ゆずり。「親父の背中を見てきたから」


つなぎの色はブラック

 「自然と触れ合え、作物の生長を見ていける。時間のしばりもなく、自分の思うように仕事ができる。農業が生まれた時から好きで、天職だと思っている」。

 黒いつなぎに身を包み、頭にはタオルはちまき。ワイルドな風貌から発する言葉は、真摯で純粋な農業への愛着だ。紫波町で米とりんごを栽培する戸塚陽平さんは、JAいわて中央管内初の純農Boyである。

 高校卒業後、農業大学校で2年間果樹栽培を専攻した戸塚さん。農業機械の修理工場勤務を経て就農したのは21歳の春だった。幼い頃から農業機械を乗り回すなど家業に親しんできた戸塚さんの憧れは、花の栽培名手として管内でも有名だった父。その父は、戸塚さんが18歳の時に亡くなったが「親父のやっていたことを見ていたから今がある」という。ひとめぼれは7アール、りんごはフジをメインに栽培面積はおよそ1.1ヘクタール。野菜や花きは家族と分業し、1年を通して出荷を行う専業農家はここ紫波町古舘支部でも少ない。


戸塚さんの管理する田。奥に見える林の向こうは北上川


畦畔の草刈り。田の管理にはかかせない作業


ウィーンウィーンと草刈り機の音だけが響く

 この日の作業は、畦畔の草刈り。照りつける日差しのもと、25メートルの斜面を刈っていくのは重労働だ。しかし「ちゃんと手をかけないと、秋にいい米を収穫できない」と戸塚さん。それはりんごに対しても同様で「形や色の良さは当たり前で、いかに糖度を高くできるかが大事」と細やかな管理を心がける。品質低下や病害虫に注意を払い、11月のフジの収穫で1年の作業は終わる。味と品質を追い求めれば、日々の仕事に気は抜けない。

 忙しい日々のなか2年前から地元の古館小学校で行う体験授業では、5年生には米を、4年生にはりんごの栽培体験を指導。ここ紫波町でも非農家の子が増えており、木の枝にりんごが実っている姿を見たことがない子もいるというが「子ども達との活動は楽しい」と戸塚さん。かくいう戸塚さん自身も小学5年生の時、父が講師となって米づくりを体験したのだという。「親父が同級生に教えるのを見ていて、いつか俺もやってみたいと思っていたからね」と笑顔を見せる。


昨年、農作業を行わなかった田。1年で雑草が繁茂


以前、ここにはりんごの木が植えられていたという


河川に挟まれ、水利に恵まれている。自慢の米だ

 農業がさかんな古館地区だが、意外なことに農業生産法人はまだない。理由は「他地域と比べて耕地面積がないから」と戸塚さん。特に国道4号と北上川に挟まれ、区画整理も入っていないこの地域では、農地を取りまとめる法人を設立するためのハードルは高い。それでも、「少しでも効率を上げていかないと」と戸塚さんは奮起する。根底にあるのは、担い手としての使命感だ。

「地域には高齢で農業を辞める人もいるけど、畑は1回でも荒らすと元に戻るまでにすごく時間がかかる。りんごも、放っておけば木自体が虫の巣窟になり、周囲の農地にも被害が広がる。先代が守ってきた農地を守っていく、そういう気持ちがないとやっていけないと思うし、何より環境を守ることにもなると思っている」。

 JA青年部活動はもちろん、18歳から参加している岩手県農村青年クラブ(4Hクラブ)では紫波地域の会長をつとめ、28年度からは盛岡地方農業青年組織連絡協議会(盛岡広域ヤングファーマーズ・CREEIGHT)の副会長、そして同クラブ連絡協議会でも副会長をつとめている戸塚さん。「自分が好きでやっている」というが、実は亡き父も青年部そして4Hクラブで役職を歴任した。「結局、親父のとおりにしか来ていない」と笑うが、その笑顔はとても誇らしげである。

「農業の可能性は無限。規模もどんどん拡大していきたいと思っています」。

 父の背中を見て育ち、父が情熱を注いだ農業に従事する戸塚さん。目の前に広がるのは、父が夢見たであろう豊かで広大な農業の風景だ。

(取材日/平成28年7月11日、取材・撮影/フリーライター 井上宏美)

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