ほ場の上半分には樹齢20年を越える木が並ぶJAいわて中央青年部委員長をつとめる浅沼稔さん


標高250mのほ場からは北に岩手山がそびえ立つ


昨年購入したりんご畑。以前は観光農園だったらしい


りんごの木の更新時期は20~25年。まだまだ実付きはいい

 標高約250メートル。集落を走る道路を眼下に見るその山は、東斜面一帯がりんご畑になっていた。頂上付近には枝ぶりも見事な古木が並んでいるが、斜面の下の方にあるのはまだ若木だ。大地の高低差に合わせ、年代の違うりんごの木が整然と植えられている。

「この山だけで3000本のりんごの木があります。そのうち晩生フジが6割で、残りはつがるやさんさ、きおうなどの早生種。畑の上の方は約20年前に父がりんご栽培を始めた頃に植えた木で、下の畑は私が去年購入したところです。まだ樹齢3年程度のフジなので、初なりまであと2年くらいかかりますね」。

 畑を走る作業道に立ち、浅沼稔さんが教えてくれる。今から20年以上前、かつてはぶどう畑だったこの土地を購入してりんご栽培を始めた父。その仕事を受け継いで7年、これからを見据えてほ場の規模拡大を決意した。「りんごは、産地はもちろん園地によってもまったく違うものが出来るし、どの時期のどのりんごを売っていくかという戦略も必要。まだまだ販売拡大のチャンスはあると思う」。冷静に、地域と農業の未来を見つめている。


樹勢を抑えることで甘みが増す。フジはその傾向が顕著


「樹勢を抑えつつ病気を予防するのが難しい」と浅沼さん


地域一体は熊の生息地。枝を折られた痛々しい若木も

 清流矢櫃川が流れ出る雫石町西安庭。川に沿って広がる土地に家々が肩を寄せあい、西と東に山々が迫る集落に浅沼果樹園はある。山ひとつ隔てた南側はりんごの産地として名高い盛岡市都南地区だが、ここ西安庭地区は降雪量も多く、冬は氷点下4、5度を下回ることも。30歳でサラリーマンを辞めて就農を決意した浅沼さんも、「最初は不安もあった」と振り返る。しかし父の下で農業を学ぶうち、この地の持つ可能性に気づいたという。

「果樹栽培適地と言われるのは一日中日が当たる山の西斜面で、盛岡の都南地区や北上山地の東に広がる奥州市江刺区も西斜面。しかしうちは東斜面でも標高が高いので色もつく。何より、粘土質の土壌は果樹にとって最適なんです」。

 水はけの善し悪しがカギとなるりんご栽培。浅沼さんの畑は山の斜面でしかも根張りのいい粘土質の土壌だという。「父は県の果樹協会で仕事をしながらあちこちの園地を見て回り、ここにほ場を開きました。山手の木は味で勝負できるんです」。そう話す浅沼さん、冷涼な気候のために出荷時期が遅くなるハンデは逆手にとり、早生や中手種は直売施設などで販売、市場にはじっくり栽培した自慢のフジを出荷する。なによりの追い風はJAいわて中央管内の晩生フジがここ数年、県内のりんごコンテストで高い評価を得ていることだという。


熊対策のワナ。ここで畑を続けていく限り格闘は続く


月3回、盛岡市の本宮小学校にもりんごを提供している


熟度の高いフジは贈答用にも好評化。今後に期待する

「フジに関していえば熟度(蜜入り)は9割近く。温暖化の影響もあるのでしょう、今は盛岡など中部地域が一番いいりんごが採れるようになってきています。JAにもギフト商品を作ってもらうなどして知名度と単価を上げていけば、うちの若木が生長する頃には売上も拡大しているかもしれない」。

 現在は、JAいわて中央青年部委員長もつとめている浅沼さん。豪雨被害の岩泉町へのボランティアにJA新いわて青年部と駆けつけるなど、ネットワーク力を活かして活動を展開する。それでも気がかりは盟友の減少であり、若い農家が青年部活動へ参加する、あるいは参加しやすい仕組みづくりを検討しているという。

「農家はサラリーマンと違い同僚がいるわけでもないから、色々な生産者との情報共有やコミュニケーションを取れる青年部活動は必要です。それも出来れば若いうちに仲間作りをしておく方がいい。生産現場にもこれからは客商売の感覚が求められるから、そういうスキルを学ぶ機会を青年部として作れればいいと思っています」。

 産直ギフト、インターネットでの販売や農園ツアー…。農産物の販売ルートも多様化する今、どこに向けてどう売るかは生産者の考え方次第。 そんな時、仲間がいればチャレンジに踏み出す勇気も生まれる。浅沼さんのアイデアをきっかけに、今までにない青年部活動が誕生するかもしれない。

 

(取材日/平成28年9月20日、取材・撮影/フリーライター 井上宏美)

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