下草を残した草生栽培を取り入れた園地小澤正直さん。手にはシルバーの指輪が光る


主力のフジを中心に早生から晩生まで様々な品種を栽培


6月は仕上げ摘果の季節。いい実を実らせるための作業


園地は風が強く、「ジョイント栽培」という新しい方法にも一部取り組んでいる

 岩手県を代表するりんごの生産地、奥州市江刺区。平場から山間地まで多様な栽培環境の中で切磋琢磨する生産者の技術は高く、この地に合った新品種も数多く誕生している。

 「極早生の紅ロマンも栽培や収穫のタイミングが明らかになってきて、本当においしい状態で提供できるようになってきた。中手の奥州ロマンもさわやかだけど強い甘みもあり色づきもいいので、色がつきづらくなってきたジョナゴールドから切り替える人も出てきているし、晩生の藤原ロマンも期待が出来る。さらに再来年には、早生の新品種がもうひとつ加わる予定です。ほかにも、黄色いりんごのトキやシナノゴールドは消費者の評判が年々高まっていて…」。

 愛宕地区の生産者、小澤正直さんの語る「江刺りんごの話」は面白い。りんごの味わいや生育環境への対応、消費者や市場の反応、江刺の生産者の先輩や後輩たちのこと等々、目を輝かせながら話すその姿から小澤さんがいかにりんご栽培に情熱を傾けているかがよくわかる。「売れる品種を見極め、作業法や時期も自分で考えなくてはならない。難しいけど面白いですね」。自らが選んだ仕事へのやりがいが、表情にも言葉にも表れている。

 「江刺に帰るつもりはあったけど、農業は仕事を退職したあとにでもやればいいかと思っていた」。30アールほどのりんご畑を管理する兼業農家に生まれた小澤さんにとって、農家は当初「老後の楽しみ」程度のものだった。普通高校を出て北海道の大学に進学、その後何社か勤め、最終的には札幌の食品関係の企業に就職。そこが、有機野菜など安心安全な食品を扱う宅配サービス企業「らでぃっしゅぼーや」の代理店だったことが、小澤さんの運命を変えたともいえる。

「生産者の産地研修へ行くようになり、若手の有機栽培農家と会ううちに農業のイメージが変わっていった。しっかり稼いで地元を盛り上げている彼らを見て、自分も江刺で何か出来ないかと思うようになっていきました」。


草があると地面が乾燥しないし、ダニの天敵を保護できるのでダニの発生も抑えられる


受粉にはマメコバチを使用。半径20平方メートルに1個設置


巣にはヨシの茎を利用。中には卵が入っているものも

 心境の変化には、帰省するたびに荒れていく郷里の田畑を見かねたということもある。特に通っていた小学校の周りに耕作放棄地が増えていくことに胸を痛めた。そして6年勤めた札幌の会社を辞め、平成25年に江刺へ帰郷。翌26年には就農を果たし、約70アールのほ場を購入した。「ゼロからのスタート。でも近所には(りんご栽培の)先生がいっぱいいるからまあ何とかなるかなって」。決意をさらりと語るが、江刺りんごというブランドが大きな後押しになったことも確かだったと冷静に振り返る。

 集落の先輩農家や先進的な生産者などから積極的に技術を学びながら、小澤さんは同じ江刺りんごの若手仲間と盛岡や滝沢、さらには青森県などのりんご農家へも足を運ぶ。そんな中で出会ったのが、園地の下草を刈らない草生栽培。小澤さんは一昨年に導入し、去年は肥料をすべて有機に変え、さらに今年からは除草剤も使わないことにした。ダニなど虫害の防止など管理上のメリットもあるが、何より「ずっとここで農業をしていくなら、まず土づくりを考えなくてはならない」と小澤さん。化学肥料や除草剤に頼る農業はいずれ限界が来ると考えているからであり、地域内でも小澤さんのように草生栽培に取り組む人も出始めている。

 だが、やり方は決してひとつではないとも小澤さんはいう。
「何千年と取り組んできた米と違ってりんごは栽培法がまだまだ確立されているとは言えないから。結局は出荷したりんごの評価が全てだし、みんなが同じ栽培方法ではないからこそ、まだまだ情報交換をしていく必要があると思う。いかに美味しくて高品質りんごの出荷比率を高めていけるか、それだけです」。


代表をつとめるよさこい団体の衣装に身を包んで


園地に置かれた古タイヤはネズミ対策のため


タイヤを除くとネズミの巣穴が。エサを入れて駆除するのだ

全国的にはりんご生産者の数は減少傾向にあり、比例して販売価格は高騰している。そんななか「江刺りんご」というブランドは、地域農業にとっても大きな戦力となっている。

「今年だけでも愛宕でふたり、若手りんご農家が誕生しています。先輩農家としては少しでも生産規模を拡大して仲間も増やして、ここ江刺をりんご産地として安定した方向に持っていければと思っています」。

 JA江刺りんご部会青年部や、副会長をつとめるJA岩手県青年組織協議会でも積極的に活動に参加する小澤さん。北海道時代に熱中した踊り「よさこい」は、自らが代表をつとめるチームを江刺で立ち上げた。

「あんなふざけたヤツでもやれるんだという風に思ってもらえればいいんで」。

 笑顔の奥には、ブランドを背負っているというプライドと、地域農業の担い手としての決意もにじんでいるように見えた。

(取材日/平成29年5月23日、取材・撮影/フリーライター 井上宏美)

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