左から、村上ミエコさん、佐藤八千代さん、代表の村上豊子さん、小松和枝さん

いわての底ぢから

第2回陸前高田市広田町 工房めぐ海

作業は3~4人交替のシフト制。菓子製造と味噌製造部門がある


米粉生地を発酵させるのが「めぐ海」流。独特の食感を生む


焼きはホットプレートで1個1個。手間と愛情を込めて焼く

 「長野県が発祥とされ、今は各地のご当地グルメにも登場する「おやき」。陸前高田市広田町にある「工房めぐ海(めぐみ)」の看板商品もおやきだが、いわゆる普通のおやきとはまったく違う。パリッと焦げ目がついたモチモチの皮にかぶりつくと、中から甘辛く煮付けた茎ワカメと小さなホタテがコロリ。食材の組合せも食感の楽しさも、そして味付も絶妙だ。

 「うちでは米粉にイーストなど加えて発酵させた生地にあんを包んで、焼いたあと蒸しているんです。長野から取材に来た新聞記者さんは、びっくりしてましたけどねぇ」。

 笑いながら、独特の生地の作り方を教えてくれた村上豊子さん。代表を務める「工房めぐ海」は広田半島営農組合女性部の10人の仲間で切り盛りする加工施設で、なかでも工房の名を冠したおやき「めぐ海焼」は広田でとれる海の幸や農産物などを使った自信作なのだ。そして、メンバー全員の再起への決意が込められた一品でもある。

おやき用の焼き印は、東京の金工作家の支援で作られた


小豆あんのおやきは黒ごま。こちらも定番のひとつ


焼き目を付けたおやきにひとつひとつ焼き印を押す

 工房めぐ海のオープンは震災のわずか4ヶ月前、平成22年11月のこと。広田半島営農組合結成にともない、村上さんら女性部有志が提案した食品加工を軸にすえた営農事業の一環として始まった。「広田の豊かな恵みを発信していきたいと、試行錯誤してたどりついたのがおやきの製造。工房名も、広田半島にぴったりだと全員一致で『めぐ海』と決めました」と村上さん。地域のイベントや近隣の黒崎仙峡温泉、コンビニや町内食料品店からの注文に加え、陸前高田市の特産品としての販売提案もあるなど、順風満帆の船出であった。

 しかし震災の大津波が、その全てを奪い去る。工房の建物はもちろん開発したレシピ、そして大切な仲間の一人の命までも。「もう終わり、何もかも」。絶望感に襲われる一方、諦めきれない工房の夢…揺れ動き葛藤していた村上さんだったが、行く先々で仲間や地域の人々からかけられた「豊ちゃん復活してくださいね」の言葉に、ついに再起を決意したという。


蒸し器で一気に蒸して完成。全国発送にはチルドで対応


むっちりとした生地、具材のバリエーションも豊富


茎ワカメとホタテのおやき。食べ応えも満点だ

 「あんないいものを開発したのにやめるの? そう言う人もいました。でもメンバーにとっては工房どころじゃないかもしれない。迷いながら声をかけたら、被災した仲間たちが真っ先に『やっぺし!』と言ってくれて、誰一人欠けることなく集まってくれた。私だけの夢だったのが、みんなの夢になったと思いました」。

 そして平成24年5月30日、たくさんの支援やサポートを得て新生「工房めぐ海」は誕生。再スタートを機に、菓子・味噌加工に加えて惣菜と仕出許可も取得した。そして震災前は「海鮮焼き」と称していたおやきに、「めぐ海焼き」と名付けたのである。この他のメニューはかぼちゃやりんごなど季節の食材を使ったおやき、郷土のおやつである「かまもち」や米粉まんじゅうなども作っている。さらにがんづきや漬物などの新たな商品開発にも取り組み、熱烈なファンも多い広田の味噌も震災後初の仕込みが無事に終了した。そして今後は営農組合の協力を得て、畑作にも取り組んでいく予定という。

 手作りの温かさと美味しさが評判となり、現在は全国からめぐ海焼きの注文が入るようになった。その嬉しさを噛み締めながらも、村上さんらは「地域の食に関する何でも屋さんになりたい」という。広田町でも徐々に住宅再建が始まっており、建前には御神餅とよばれるお餅を振る舞う風習がある。そんなささやかな祝い事にこそ工房めぐ海の餅や総菜を利用して欲しいとチラシを作り、地域との繋がりをより深めていこうと考えているのだ。

 「みんな何でも言い合えて、みんなに愛される工房になってほしい。そして『広田に行けば工房めぐ海があるよ』と言われるような場所にしたいですね」。
 みんなで描く夢に向かって、工房めぐ海の10人は日々、おやきづくりに精を出している。

(取材日/平成24年10月18日、取材・撮影/フリーライター 井上宏美)


震災後に収穫された餅米。おいしい餅にして振る舞う


工房の壁には皆で話し合った活動ビジョンが貼ってある


盛岡の工業技術センターの支援で出来た商品シール


直接おやきを買いにくる人も多い「工房めぐ海」

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