村上誉博さん。「お客さんが興味を持つ苗を作っていきたい」

いわての底ぢから

第4回陸前高田市 村上誉博(たかひろ)さん


ハウスは出荷時期を考慮しローテーションで使用


敷地のすぐそばを矢作川が流れる。広さはおよそ1町歩


涼しさを好む秋作専用のハウスは寒冷紗で覆うのみ

 赤、白、ピンク。鮮やかな花色が、広いハウスのあちこちで咲きほころんでいる。

 「震災のあと、取引先のホームセンターが回してくれた仕事がこのビンカ(ニチニチソウ)苗の出荷。ビンカは成長が早く、すぐに出荷できるようになるからってことでね」。

 すぐそばを流れる矢作川から吹いてくる風で、村上誉博さんのハウスの中は比較的涼しい。花苗の生産者として独立して10年余り、販路開拓にも積極的に取り組んで県内外のホームセンターなどとの取引きを重ねてきた。しかし3年前の大震災による津波で竹駒町にあったハウス群はすべて流出、代替地を探して昨年夏、ここ矢作町に土地を借りられることになった。「ヤマセも入るような場所。夏も涼しいこの環境を生かして今は秋用の花苗を中心に作っています。それでも品質のよい花苗を作るためには、いろいろな工夫を積み重ねていかないと」。


パートスタッフは6人。震災前から働く人が多い


8mの深さから地下水をくみ上げる給水ポンプ


植え替えはひと鉢ひと鉢手で行う。素早い作業

 2011年3月11日。4日後に出荷する花苗1000ケースの準備を終え、出かけた先の大船渡市内で村上さんは震災に遭った。「国道45号には出られず、消防車の後をついて107号から住田町を経由して横田町の自宅に戻った。怖くて寝られなくて、夜明けを待って高田に向かったんですが、道沿いの津波跡を見て『ああ、もうダメだな』とわかりました」。

 数週間は身内や知人の捜索そして葬儀への出席などで明け暮れたが、ビンカをきっかけに自宅前の2反歩のハウスで仕事を再開、同時に新しい土地探しも始めた。だが平場の土地はすべて宅地用に押さえられており、JAおおふなとや農業委員会にも声をかけ、ようやく見つけたのが矢作川横の牧草地。ハウス建設には被災した生産者仲間と共同申請した補助金を充てることができたが、流された竹駒町のハウスや機械・資材、そして出荷予定だった苗の代金を合わせた借金は1500万円以上にのぼる。それでも村上さんは「復活できたのは周りのお陰。自分一人だけでは何も出来なかった」と、この3年間を振り返る。


ホームセンター用の出荷は毎週2回。集荷先はJA倉庫


ショウガの苗は昨年発売。プランターでも栽培できる


「はぢめてのシリーズ」タグ。今年も新しい苗が出る

 現在は16棟のハウスをローテーションで使用。秋作をメインにした栽培管理は7月の種まきから始まり、11月の出荷時期には同時進行で春作の種まきも行い、年明けの3月からの出荷に備える流れ。しかも5月〜8月にはビンカの生産が入るため、1年間仕事が途切れることはない。「うちは秋作がメインだしここは涼しいから、ハウスも基本的には寒冷紗でいける」と村上さんはいうが、それはあくまで植物の特質を熟知した上でのこと。水稲用の自動潅水システムを導入し、一般的な製品の5倍の値段もする化成肥料を使用しているのは、受注生産に対応できる品質のよい花苗を生産するため、村上さんが工夫し積み重ねてきたノウハウ。それでも苗がひょろひょろと伸び過ぎないように苗同士の間隔を空ける「スペーシング」は日々、人の手で行う。「ここは土地の関係でハウスを並べて建てることができないし(ハウスの)サイズもバラバラ。造りにこだわるのではなく、ハウスのクセを知った上でどんな植物を植えるかを考えないと」。
(※)寒冷紗=植物を覆う被覆資材のひとつ。遮光や遮熱、防虫などさまざまな効果がある。

 昨年からは、ホームセンター用の独自企画苗「はぢめてのシリーズ」をスタート。食べる楽しみがあり、かつ誰が育てても失敗しない苗として、ショウガ、ヤーコン、オカワカメの3種を販売して好評を得た。「いま珍しい苗はいっぱい売られているけど、栽培に失敗するとお客さんはリピートしなくなる。自分がやってみて面白かったものの中から、みんなも栽培できる品種を選んで仕掛けていく」。流行とは乗るから流行なのであって、作り手として目指すのはどうやって“仕掛けていくか”だと村上さんはいう。10年以上前に花苗づくりを志して弟子入りした鉢花農家で経営ノウハウを徹底的に学び、現在は全国にメンバーのいる育種家グループに所属し情報交換を行っている。商談会で全国を飛び回る機会も多い。各地の状況や消費者ニーズを掴み、自分の経営にフィードバックする一方で、改めてここ陸前高田市の気候がいかに花苗づくりに適しているかを再確認できたともいう。

 「この場所に特化できるものを作っていく」。震災で、一時は諦めかけた花苗づくりの仕事。多くの人の協力を得て、村上さんは再び陸前高田から、美しい花苗を各地に届けている。

(取材日/平成25年7月2日、取材・撮影/フリーライター 井上宏美)


チェッカーベリー(ヤブコウジ)苗は今年の秋から出荷


花色も花姿も美しいビンカ(ニチニチソウ)の苗


ビンカだけでも1日500〜600もの苗が出荷される


全国を飛び回り、花苗のニーズを知り尽くす村上さん

インデックスページへ戻る