大槌町でイチゴ栽培をはじめた阿部和子さん

いわての底ぢから

第8回大槌町 阿部和子さん


寒さに強い「紅ほっぺ」を3列、「さがほのか」は1列の栽培構成


生育旺盛。花房を傷つけないよう、屈んでの作業になる事も


イチゴは毎日午後に収穫、一旦冷蔵庫に入れる

 ハウスの扉を開けると、艶やかな葉と小さな白花の畝が目前に広がった。ビニール越しの陽光を受けて緑の野原のように輝いているそれは、作業性を考えて開発されたイチゴ高設栽培の棚。よく見ると、葉影から大粒のイチゴも枝垂れている。それも驚くほどたくさんの。
「花房も元気で通路に飛び出してるくらい。収穫量も上々で、初年度は目標量を達成できたんです」。
 イチゴのように赤いほっぺをした阿部和子さんが笑う。平成24年の夏、大槌町地域復興組合の仲間の手を借りて建設したハウスに1800本の「紅ほっぺ」と「さがほのか」を定植。翌年1月から8月まで出荷を果たし、2年目の今はすぐ隣に新しいハウスを建設中だ。
「こうなるとは思ってなかったから正直とまどいもある。でも周囲に恵まれてここまで来て、大きな夢もできました。夢は言葉にして話すことが大事。諦めなければ、必ず実現します」。
 阿部さんの暮らす大槌町沢山地区は気候も温暖で、昔から農業を営む家が多かった。「そんな地域をもっと活性化したい」と、一人で自家の畑にそばを植えたのが平成21年。翌年には製麺会社と釜石・大槌の農家仲間で結成されていた「ソバの里組合」に参加、組合のそば畑のある釜石の和山地区から大槌浪板へ続く「そばロード」を作る夢を描き、その年の暮れには大槌の農家7軒で「産直組合結ゆい」も結成、地域おこしの準備を進めていた。


艶々、大きな「紅ほっぺ」。冬場は特に美味しい


大きな葉が花房にかからないよう棒を渡している


高級感ある黒のトレーに一粒づつ詰めていく

 東日本大震災が起きたのはその最中、道沿いに植えようと買ったシバザクラの苗が自宅に届いた4日後のこと。大津波は45号バイパスを越え、沢山地区にも襲いかかった。阿部さんは、自宅こそ流されなかったものの4500平方メートルもの田が水に浸かり、残ったのは家の裏手にあった果樹園と、家周りの畑のみだった。
 だが、在宅避難の家々へ支援物資を配り歩く日々の中、阿部さんは「農業の底力」を実感する。「うちのハウスには青菜があったし、小槌や金沢の農家からも野菜が届いた。食べ物を自分たちで作れることは、お金には換えられない強さだと。あれは本当に貴重な体験でしたね」。その年の12月には農家仲間と大槌町地域復興組合を結成、各自の敷地に共用のハウスを建設していった。イチゴ栽培は、たまたま出会った生産農家の手づくり高設栽培棚を見て「これなら出来るかも」と思ったのがきっかけ。陸前高田の生産法人では「さがほのか」を味見、「こういうイチゴを作りたい」と閉鎖型高設栽培システムを導入したのである。


「和ちゃん農園」のシールが目印。カップホルダーもある


新ハウスには廃材を使用、高設栽培の棚も手づくりする


「元手をかけずイチゴ栽培ができるモデルケースになれば」と阿部さん

 大槌では初の取り組みとなったイチゴ出荷への反響は大きかった。JAいわて花巻大槌支店敷地に立つ産直「結ゆい」はじめ町内の各産直、ショッピングセンターやスーパーでは出したそばから売切れる“幻のイチゴ”となり、開店時間前に待っている常連も現れるほど。それでもハウス1棟分の収穫量は劇的には増えないから、パックの形状を小さくして出荷数を増やす工夫をしている。そのプレミアム感も人を惹き付ける要因になるが、「最初の1年は宣伝だから」と阿部さん。今も時間を作っては先輩イチゴ農家のアドバイスを仰ぐのは、収量の安定や品質向上など、イチゴ栽培の継続を強く意識しているからに他ならない。
 復興に向かって力強く歩み始めている大槌町。長らくガレキ置き場となっていた阿部さんの土地も今年度中には返却されることになっている。ここにも新たなイチゴのビニールハウスを建て、将来的には摘み取り体験の出来る観光農園にするのが阿部さんの夢だ。
「来春にはJAいわて花巻の産直『だぁすこ』の三陸店も大槌に出来るし、三陸沿岸道路の大槌インターチェンジが完成したら、JA産直で買い物をしてうちでイチゴ摘みをするルートも出来る。産直、そしてレストランやケーキ店を始める仲間とも夢を語り合っています。大槌にもこんな楽しいところがあるということを知らせていきたいですね」。
 はっきり口に出すことで夢は現実のものとなり、未来に向かって動きだす力も生まれる。生まれ変わりつつある大槌の町で今、たくさんの人々がその大切さに気づき始めている。

(取材日/平成26年1月28日、取材・撮影/フリーライター 井上宏美)


ハウスに現れた野良猫。阿部さんの頬も緩む


震災時に避難した果樹園。裏山は人々の避難路になった


震災前に届いたシバザクラを定植、しっかり根付いた


JAいわて花巻大槌支店敷地内にある「産直結ゆい」

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