被災田での石拾いボランティアの様子

いわての底ぢから

第12回JAおおふなと


震災直後の本店


本店地下を片付けている職員


便宜払い等の実施風景

 大船渡市、住田町、陸前高田市の3市町を管轄するJAおおふなと。2013年の東日本大震災では、農地の被害が460ha、水稲を作付けできなかった農家数581戸、被害額は約176億円という甚大な被害を受けた。JAの施設も19本・支店事務所のうち12本・支店事務所が被災し、15カ所にのぼる購買センター・給油所・営農関連施設も被災した。
「あの日、私は三陸縦貫道を走行中でした。激しい揺れとともに道路には亀裂が入り、すぐに本店(大船渡市盛町)に戻ったんです。すると陸橋の上で海を見ていた職員が『津波だ!』と叫び、逃げてきた水産加工会社の人たちと一緒にリアスホールの駐車場に上がりました。陸橋の下の部分は水没し瓦礫が押し寄せ、まさに地獄です。津波は黒く、真っ白い雪も降り始めて…。まるで風景の中から『色』が消えたような感じでした」。


日頃市町の菌床椎茸栽培棟


竹駒町の水稲育苗ハウス


米崎町の営農拠点施設 ライスセンター(外部)

 当時の思いを、総務部の柏﨑明彦部長はそう振り返る。目の前に広がる惨状、そして住まいや家族への不安を抱えつつも、JAでは翌12日には被害のなかった猪川支店に対策本部を設置、事業の一部が再開された。真っ先に取り組まれたのが信用事業で、貯金の払い戻し等の便宜払いを実施、3月14日から5月27日までの約2ヶ月間で取り引きは8000件を越えた。さらに共済事業でも発災直後から各地区担当のLAリーダーやサブリーダーが被害調査を実施、被災者のもとを直接訪ねることで早期支払いが実現した。これには日頃からの地域密着の活動に加え、職員が地元消防団やPTA、地区公民館活動ををしていたことが大きく、「JAに情報が集まるようになっていた」と柏﨑部長は話す。
 営農・指導事業も順次再開された。地震と津波によるインフラの断絶により機械での搾乳が出来なくなった酪農家、温度管理に苦慮する菌床しいたけ生産者のもとに職員が巡回、被害状況を調査する活動をはじめ、流通のマヒに対応すべくJA自体が農産物の配送を行ったり、酪農・畜産のための飼料確保にも動いた。水稲についても、3月には普及センターとともに復興営農対策会議を設立。塩害除去を行い、早期の作付けが可能になるように取り組んだ。4月には各避難所で営農相談会を行い、あわせて水稲苗利用の有無を再確認するための巡回も行った。


米崎町の営農拠点施設 果樹野菜出荷センター(外部)


米崎町の営農拠点施設 果樹野菜出荷センター(内部)


米崎町の営農拠点施設 ライスセンター(内部)

 平成25年には大船渡市日頃市町に菌床椎茸栽培棟が6棟完成、生産がスタートしている。これに先駆ける平成24年8月にはJA出資型法人「株式会社JAおおふなとアグリサービス」が誕生、水稲や野菜苗の育苗や作業受託、菌床椎茸の栽培を手がけるなど、JA自らが地域農業の担い手の一翼を担うこととなった。そして平成26年10月には、陸前高田市が2年前から整備を進めてきた営農拠点施設が同市米崎町に完成。「総合営農指導センター」をはじめりんごやトマト等に対応する「果樹野菜出荷センター」、乾燥から計量まで一括で対応できる「ライスセンター」の3施設を、JAおおふなとが指定管理者として運営することになった。
 「農業や林業が動けば、漁業も動いていく。地域を維持し、三陸の豊かな環境を維持するためにも協同の精神を守っていきたい」。柏﨑部長は決意込めて言葉を結んだ。

(取材/フリーライター 井上宏美)

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