いわての輝く女性

平成23年7月 平泉町 JAいわて南女性部 平泉地区協議会

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平成23年7月
平泉町 JAいわて南女性部 平泉協議会

JAいわて南女性部部長の小野寺キイ子さん(手前右)と、副部長の千葉とく子さん(後ろ右より2人目)と橋階ちづ子さん(3人目)、平泉協議会メンバー

 それは一関市街から国道343号を東進し、陸前高田市矢作町に入って間もなくだった。
 道の両側に堆積する膨大な瓦礫、柱だけを残して流出した民家…。一変した風景に、マイクロバスに乗ったJAいわて南のメンバーから「ああ…」「ひどい」と次々言葉が漏れる。「自然って本当に怖いよね…」。女性部長の小野寺キイ子さんも、大きなため息をついた。
 東日本大震災のあと、岩手県内の各JAではさまざまな支援活動が続けられている。とりわけ陸前高田や大船渡など被害の甚大なJAおおふなとにJAいわて南では、震災後間もない3月下旬から炊き出しを行ってきた。その中心となっているのが女性部で、一関、花泉、平泉の3協議会では、今後も毎月1回のボランティア活動の継続を議決。小野寺さんの平泉協議会でも、5月・8月・11月の3回実施を予定している。今回は、女性部メンバー5人のほか青年部から委員長の千葉太一さん、副委員長の瀧澤真一さんも同行し、瓦礫の撤去をすることに。「一番大変なこの事業に微力ながらも手伝いたい。自分の力に見合った作業をして、無事に帰ってきましょう」と、平泉支店での出発前点呼で小野寺さんは呼びかけた。

ボランティアセンターで事前説明を受ける

女性部は小屋の清掃。天井にも泥が

床下からかいてもかいても泥が出てきた

 陸前高田市に入った一行は、横田町に設置されたボランティアセンターへ。ここで受付・説明などが行われたのち、行き先を指示されるのだ。駐車場には北海道から沖縄まで全国各地からの車が停められ、若者の姿も多い。「本当にありがたいねえ」と小野寺さんらもボランティアと挨拶を交わし、指示された矢作町の民家へ向かうことに。被害の少なかった横田町は田植えの済んだ青田が美しいが、矢作町へ近づくにつれ瓦礫と泥に埋め尽くされた大地が広がる。気仙川河岸には、原型をとどめないビニールハウス群。「何作ってたんだろう」「少しでも使えるところがあるかな」。同じ農業者として耐えがたい光景でもあった。

はるか向こうに気仙川が流れている。何もない

青年部の2人は家裏の側溝の泥をかき出す

「こんなところまで来たんだ…」彼方を見つめる

 訪れたのは、矢作町にある鈴木政行さん宅。気仙川をはるか眼下に見下ろす高台にありながら1階は完全に水に浸かり、全壊指定されている。作業は、使用可能な母屋横の作業小屋周辺の泥の排出と片付け。千葉さんと瀧澤さんは沖縄からボランティアに来ているJCI沖縄のふたりと協力して側溝の泥のかき出しを行い、小野寺さんら女性部は小屋の掃除に取りかかる。隙間という隙間に海砂と泥の混じり合った堆積物が入り込み、2ヶ月経った今も湿り気を帯びてずしっと重い。室内は天井の梁にも泥がこびりつき、何度も拭かないときれいには落ちない。断水のため近くの沢水を何度もくみ、一行はもくもくと作業に取り組んだ。
 そして昼。ガレージを借りて家主の鈴木さんも一緒に囲んだ机には、タケノコのおふかし、ショウガ入りおにぎりに漬け物など、女性部が手分けして作ってきた料理がずらり。にわかに明るくなった一同の顔に、これもJA女性部だからできる支援のカタチだと実感する。

照明の下には津波の後。この高さまで押し寄せた

小屋の2階も浸水。床の拭き掃除

鈴木さんのガレージで全員集合の昼食

 昼食を食べながら、鈴木さんはあの日のことを話してくれた。高田町で地震に遭遇し、すぐさま矢作町に戻って高齢の両親の安否を確認。自宅に戻る途中で、津波と“対面”したという。「波が『ツノ』を立ててやってきて、どうやってUターンしたのか覚えてない。気仙大橋の欄干がここまで流れてきたし、人間なんて木の葉と同じなんでしょうね」。つらい思い出のなか嬉しかったのは、平泉町の温泉施設の無料招待で入浴したこと。「天国のようだった」という鈴木さんは、小野寺さんら女性部が4月21日に矢作町コミュニティーセンターで行った餅ふるまいにも参加していたのだとか。「縁があるんですね」と、一同は笑いあった。

「ぜひ食べてほしい」と手作りの食事が並んだ

津波のことを話す鈴木さん。真剣に聞き入った

食べきれなかった分は、鈴木さんに全部預けた

 午後も続けられた作業の合間、小野寺さんと副部長の千葉とく子さんは、家裏の畑で芽吹いた苗を見つけた。「これはマメだね」「こっちはオクラかな」。塩害で白茶けた大地には砕いた木炭が撒かれ、作り手の必死さがひしひしと伝わる。いっぽう千葉さんと瀧澤さんも、終わりのない泥のかき出しに現実の厳しさを感じていた。「いつも通りに米を作れるだけで幸せなんだ」との言葉には、沿岸の盟友への思いがにじんでいた。

「ほら、芽が出てる」「こっちにもあるね」

豆らしき小苗。確かな希望の芽吹きだ

作業終了。鈴木さんにも、皆にも笑顔が溢れていた

 15時に作業は終了し、鈴木さんと笑顔で別れて一行は帰途についた。「現地の人に逆に勇気づけられたね」と副会長の橋階ちづ子さんが言い、床下の泥のかき出しをした千葉さんは「もう一度来たい」と話す。「自分ひとりじゃ何もできないから、皆で来れて本当に良かった。これからも出来るだけ続けてあげたいね」。小野寺さんの一言に、バスに乗ったメンバーがみな深くうなずく。JAいわて南の支援活動は、これからも続いていくだろう。

(取材日/平成23年5月26日、取材・撮影/フリーライター 井上宏美)

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