作文部門
株式会社日本農業新聞東北支所長賞
氏 名 学校名・学年 作品名 該当JA
角嶋 優美 洋野町立宿戸中学校1年 「お米と話す」 JA新いわて

お米と話す

角嶋 優美
洋野町立宿戸中学校1年

 毎日の食卓に並ぶご飯――それはほかほかの白米と、ほどよく味のついたおかずとみそ汁。食事をとてもおいしく作ってくれる母、毎日一生けん命働いて私たちをやしなってくれる父、たまにケンカすることもあるけど勉強を教えてくれる姉、そして、そんな姉とケンカしながらも勉強を教わる私。この家族四人がそろって食べるご飯は、特別においしい。ご飯を食べながら、父は職場であった話を、姉は学校での出来事を話す。その話を、母は幸せそうに聞いている。
 私は、三人の話し声を聞き、幸せそうな顔をチラッと見て、ちょっとだけほほえみながらご飯を食べ続けるのだ。
 私は、人の顔を見て話すことが苦手だ。でも、お米には顔がないから私でも見つめることができる。ご飯を食べながら私は、お米とコミュニケーションをとってみた。
 私「今日もおいしいよ、ありがとう。」
 お米「いやいや、おいしく食べてくれてありがとね。」
などと、家族の話を聞きつつこんな会話を心の中でして、ついついにやけてしまう。いつしか私は、お米を家の中での親友と思うことにした。お米といろいろな会話をしているうちに、小学生の頃、田植えをしたことを思い出し、さらに今も昔も農家の方たちが田に向かって必死に仕事をしている姿が浮かんできた。
 お米はなぜ白いのか、水につければふくらむのはなぜか、いろいろな食材に合いおいしく食べることができるのはなぜか、などと次々と考えていくのは、何となく答えがわかったりわからなかったりで、楽しくなってくる。
 私は、白いごはん、炊き込みごはん、おかゆとお米の料理のことを思い、頭の中でおいしい料理を作る。実際に作ってくれるのは母だ。私が熱が出て具合が悪いときは、母はおかゆを作ってくれる。とてもおいしい。
 お米は、絶対に飽きない味だと思う。毎日食べているのに、他の料理のように、「もうあきた、ちがうものが食べたい。」とは思わない。我が家では、たまに炊き込みごはんにすることもあり、何度もおかわりしてしまうくらいおいしいけど、やっぱり私は何のおかずにも合う白米が大好きだ。
 たまに、父の帰りが遅くなるときや、家族のだれかがいない時に食べる食事は、いつもよりおいしいと思えなくなる。人の顔を見て話すのが苦手な私は、ご飯を食べているときは、ほぼ手元のご飯だけを見ているけど、食べながら聞いている会話に誰か一人がいないだけで、いつものご飯の味が違って感じるのは不思議だ。家族全員で食べるときは、食卓に笑い声がうるさいほどひびく。みんなそろって食べるとおいしい。きっと、目に見えない何かがおいしくしているのだろう。その“何か”は家族の笑顔だろうか。
 毎日のご飯は、心を温かくしてくれ、人を笑顔にしてくれる。そのご飯を、感謝しながら食べることが大切だと思う。
 今日もおいしい食事をありがとう、母さん。毎日仕事おつかれ!父さん。しっかりした姉さん、大好き。そして、毎日私の口に運ばれるごはん、いつもありがとう。これからもおいしく食べていくからね。

 
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