作文部門
岩手県教育長賞
氏 名 学校名・学年 作品名 該当JA
伊藤 朱美怜 花巻市立南城中学校3年 「ふるさとは雑穀王国」 JAいわて花巻

ふるさとは雑穀王国

伊藤 朱美怜
花巻市立南城中学校3年

 その時私は、夢と希望に溢れていました。初めてのアメリカ旅行。私の住む花巻市と、姉妹都市提携を結ぶホットスプリングス市へ海外派遣生として、十日間のホームステイ体験をしたのが昨年の十一月です。
 海外旅行経験の無い私に家族が用意してくれたのが、電子レンジで温めるだけで食べられる白いごはん。そして、ふりかけでした。私は「荷物になるし、食べるものに困ることは無いからいらないよ」と断りましたが、半ば強制的に持たされました。
 普段の私は、家でも学校での給食やお弁当でもお米のごはんを食べる機会が多いので、ホームステイ先での食事はとても楽しみでした。
 いよいよ出発日。飛行機が離陸する前に成田空港で私が眺めていた風景は、海外から日本へ到着した沢山の外国人達だらけの回転寿司店です。そんな風景も「日本に来たら、やはりお寿司なのだろう」と見物気分でした。
 翌日到着したホームステイ先には十七歳のリーちゃんが居ました。リーちゃんは、日本にとても興味が有って、少しだけ話せる日本語で沢山の日本の事を質問してきました。おかげですぐに仲良くなることが出来ました。
 ところが、ホームステイも三日程を過ぎるとなかなか回復しない時差ボケに加えて、日本とは違う食生活に私は少し疲れていました。
 ある日、リーちゃんから私の持ってきた日本のご飯を一緒に食べようと誘われました。
 リーちゃんは「オイシイ!」と喜んで食べてくれました。そして、アメリカで食べているお米との違いを表現してくれました。日本のお米は甘い香りがする。ふわふわだけど噛むとバウンドするし、ジューシーだと。私は日本からのお米を喜んで食べているリーちゃんを見て、今まで食べてきたお米について改めて考えてみました。
 私の住む岩手県花巻市は、雑穀王国として日本中に知られています。花巻市内も田園地帯が広がっており、米や雑穀の高い生産量が一目瞭然です。スーパーのお米コーナーには多くの品種のお米や雑穀が売られています。ただ、そのような環境で暮らしていても私は受け身の立場でしか有りませんでした。
 私の家は、昔は農家で祖母が嫁いできた頃までは、祖母も田んぼに出て米作りをしていたそうです。しかし、時代は変わって今は田んぼも他人へ貸したり違う用途として使われていて、家族が米作りに携わることはなくなってしまいました。
 私も、学校の体験授業で楽しんで田植えと稲刈りをしただけで、お米作りの本当の大変さを知ることなく、これまでを過ごして来ました。
 農業を営んでいる私の親戚は、後継ぎの苦労を抱えています。これからも「雑穀王国岩手」を継続させるためには、田んぼの後継ぎを多くの人々が考えなければならない事だと思います。例えば都会に住んでいた方が、農業に関わりをもちたいと田舎へ移住するパターンのように、そういう方々へのメリットを提供出来るような王国であって欲しいです。
 これまで私は、当たり前のようにお米を食べて来ました。美味しいと思いながらもここまで有り難い物とは感じずに。米は日本の大切な食文化の中心です。私はこのことを、日本を離れた場面で知ることが出来ました。
 日本へ帰国したときの成田空港は、相変わらず回転寿司店で外国の人々が食事を楽しんでいました。私は、出発の時とは違う気持ちでそれを眺めていました。「日本のお米は美味しいでしょ」と声を大にして言うほど、誇らしい気持ちで。
 私が花巻に到着した時は、母が塩むすびを用意してくれていました。それを食べながら「やっぱりごはんを持っていって良かったよ。」と笑い合いました。

 
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