作文部門
一般社団法人家の光協会北海道東北普及文化局長賞
氏 名 学校名・学年 作品名 該当JA
菊池 優花 花巻市立東和中学校3年 「一粒に“こめ”られている想い」 JAいわて花巻

一粒に“こめ”られている想い

菊池 優花
花巻市立東和中学校3年

 「今日から新米だぞ。うめぇか?」
 毎年、その年に採れた新米を初めて食べる日に、決まって祖父が聞いてくる。
「うん。もちもちしてておいしい。」
そう答えると「んだか。」と嬉しそうにする。その笑顔を見ると、心が温かくなるが、同時に申し訳ない気持ちにもなるのだ。
 私の家は、米作りをしている農家だ。畑仕事もあるが、米作りの時は家族総出でやる。私も手伝える事を小さい頃から手伝っていた。しかし中学生になってから、テストや部活動で忙しく、手伝いの頻度がめっきり減ってしまったのだ。毎年田植えや稲刈りの時期に話が出始めるので、部活の予定などチェックする。すると、思った通り。吹奏楽部の活動と重なる。特に秋は演奏会をひかえている為一日がかりで活動することが多い。部活がないとしても、テスト期間に重なっていることもある。それを家族は分かっていて、事前に言うのだ。
「明日から田植えだから、部活歩いて帰ってきてちょうだい。間に合うようにするけど。」
「明日稲刈りの手伝いしなくて良いから、勉強頑張れよ?」
 学生は勉強を優先しなさい、と遠回しに言われている気もするが、私の事を考えてくれているからだと思う。だから素直に受け取るのだが、こうして、私は手伝いをすることが減ってしまったのだ。
 この状態が何年間と続き、ふと考えた。私は米作りにどのくらい関わってこれたのか、これから関わっていけるのか。せっかく自分の家で作っているのだから、学べることが沢山あるはず。そう思った。私は、今まで自分がやってきたことを思い返してみた。田植えの時は、苗箱を洗った。泥と根がびっしり付いていて、それを取って綺麗にしていた。力がなくでもできるので、小さい頃からやってきた。妹や母と楽しく話をしながら、競争していたのを思い出した。秋になると、稲刈りがやってくる。収穫の時期だから、今でもやっぱりわくわくする。私の家では、はせ掛けをしている。幼い頃から見てきていたので、今はあまりやらなくなってきていることを知らなかった。刈りとった稲をはせに運んで、走り回った。小学校高学年ごろは、実際にはせに稲をかける手伝いもした。意外とやってみると難しく、こだわりがあったことに気づくのだ。家ごとにさまざまなやり方があり、土地や地域によっても変わるんだよ、という話を聞いたのも思い出した。今思うと、すごく面白いし、知恵がつまった奥深さも感じられる。
 私はまだまだ知らないことがたくさんある。けれども、自分たちの家でとれたお米を食べられる喜びや、米づくりの大切さは、きっと分かっていると思う。今食べているお米もとてもおいしいが、少しでも米作りを手伝って、お米が育つのを自分の目で感じていたほうが、ずっとおいしい。それに、一粒に対する思いも変わる。お米を食べ残すことに抵抗があるのはもちろん、感謝の気持ちが強くなるのだ。父からこんな話を聞いた。
「農家はずっと勉強してるんだ。試行錯誤をくり返して、やってきてるんだ。」
 何でもそうかもしれないが、最初から上手くいくことなんて滅多にない。だから、よりおいしいお米を目指して、沢山考えて、悩んで、実行して…。私は、そんな家族を尊敬しているし、農家に生まれてよかったと心から思う。だから、次はきちんと心から言おうと決めた。
「私にできることはない?」
米作りの大変さも魅力も、全部知りたいから。出来ることから少しずつ。そしていつかは、父母や祖父のように。

 
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