作文部門
一般社団法人家の光協会北海道東北普及文化局長賞
氏 名 学校名・学年 作品名 該当JA
佐々木 亮輔 宮古市立津軽石中学校1年 「祖父と米作り」 JA新いわて

祖父と米作り

佐々木 亮輔
宮古市立津軽石中学校1年

 私の祖父は、おいしいお米を作っていました。その祖父の手伝いを私もしていました。
 春になると田おこしをして、伸びた草を耕します。その次に種まきをします。家で種をまき、芽出し機で温度管理をしました。種をまいて土を入れた箱は水がたっぷり入っていて重かったです。重たいのでひっくり返さないように注意しました。植えた種が大きく育つように願いながらやりました。
 三週間くらい経つと苗は十センチメートルくらいまで育ち、田植えをします。育った苗を田植え機に補充する時に手渡しするのを手伝いました。田植え機で植える事ができなかった所には、手作業で苗を植えていきます。田植えをした後、田んぼの水加減を調整します。
 祖父は朝早く起きて田んぼの水の管理を行い、苗が育つように働いていました。おいしいお米を作るために、暑い夏でも草刈りを汗びっしょりになりながら一生懸命していました。田んぼの周りが雑草でおおわれると苗を食べる害虫がよってくるからです。
 八月の初め頃になると穂が出て花が咲き、約一週間くらいで散ってしまいます。花が散ったら水を抜きます。約一か月経つと実が大きくなります。大きく育っているのを祖父は嬉しそうに見ていました。
 十月の初めに稲刈りをします。コンバインを使ってもみとわらを分けて、もみはコンバインのタンクの中に入れてわらは、細く切って田んぼにまきます。タンクがいっぱいになって軽トラにもみを移して家にもってきて乾燥機にもみを入れるのを、手伝いました。
 こびりの時間になると、わらの束の上に座って家族みんなでひと息入れます。
「今年の実り具合はどうかな。」
「今年は、いっぱい実ったようだな。」
「亮輔も手伝ってくれたから、腹一杯食っていいぞ。」
「もう食べれないよ。」
 困った僕を見て、みんなが笑っています。僕も笑い米作りは家族の絆でもあると僕は思います。
 米を作るのは、本当に大変です。しかし、一年間の苦労がつまった新米は、甘くてふっくらしていてものすごくおいしいのです。
 ところが、祖父は米作りを辞めました。一年前の事です。
「おれは、もう年だから無理だな。」
と祖父はさびしそうに言いました。
 今は、父も母も仕事をしているので、毎日米作りをすることはできません。何十年か続いてきた私の家の米作りは、終わってしまいました。それでも祖父は
「田んぼを荒れた状態にしておきたくない。」
と言って、トラクターで田を耕しています。夜中に雨が降った時、祖父は慌てて起きて、田んぼに行こうとしました。田んぼの水を抜いて調整しようとしたのでした。
「もう、田んぼには苗はなかったんだな。」
と言いました。私はそういう祖父を見て切なくなってしまいました。
 米作りは本当に大変です。私は祖父の手伝いをしてみて、休んでいる時間がないほど一年中働くほど忙しいことが分かりました。ご飯の一粒を作るのに、一言で言い表わせないほどの多くの苦労があります。一生懸命育てても、津波や自然現象であっけなく米が台無しになってしまうこともあります。そういう苦労が実って私達はおいしい米を口にすることができるのです。
 日本の米作りの後継者についてもよく話題になります。私は将来米作りをするかどうか分かりません。しかし、祖父のように大切に米を育ててくれている人達の苦労は、覚えておきたいです。米を口にする度に、感謝をして食べたいと思います。

 
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