作文部門
株式会社日本農業新聞東北支所長賞
氏 名 学校名・学年 作品名 該当JA
新田 眞丸 北上市立黒沢尻西小学校5年 「バトン」 JAいわて花巻

バトン

新田 眞丸
北上市立黒沢尻西小学校5年

 五年生になった春、今まで考えてもみなかったことを考えることになった。
 田植えの始まる頃、祖父の運転で田んぼまで車を走らせた。その途中に、ぼくの大好きな長い一本道がある。なぜかというと、田植えの季節になると、風景がまるで一枚の絵のように美しく変身するからだ。
 長い道路の両側には、ナナカマドの街路樹。その街路樹に沿って、何枚もの大きな田んぼがずらっと続く。
 西の山にはまだ残雪があり、水を張った田んぼの水面には、空の青さや周りの景色が映し出され、そうかいな気分になる。
 だが、久しぶりに通ったその道の風景は一変していた。そこには、黒い大きな倉庫と事務所らしき建物が建っていた。ちょっぴり都会の国道でも走っているかのようで、辺りの風景とは似合っていないように感じた。
 その時祖父が、
「このへん一帯は、苗作りからやって比較的大きな農家が多く、農地もそっちこっちに持っている人たちなんだが、それでも農地を手放す人が、年々増えてきているようなんだ。」
と、ぼそっと言った。
 そういえば、去年の暮れ、市役所から送られてきたアンケートの質問用紙に目を通していた祖父が、
「こんなアンケート、今まで来たことないな。」
と、言いながら回答していたのを思い出した。その質問の中には、「農業を継続する」「委たくする」など、いろいろな項目があったと思う。その時は、祖父が田んぼを続けて当然と思っていたので、祖父の言葉を気にもしなかったが、ふと何て回答したのか気になり聞いてみた。
「おじいちゃんさ、去年市役所から届いたアンケートに、農業を続けるかどうかっていう質問があったでしょ。あれ、何て答えたの?」
そう聞くと、少しの間をおいて祖父は、
「ん?まあやれるところまでやって、あと五、六年は大丈夫だと思うから、『継続』にしておいた。」
と言って、笑った。
 あと五、六年。五、六年といったら、祖父は七十五歳で、ぼくは高校生か。
 その時、わが家の田んぼはどうなっているのだろうか。今のままだとわが家の田んぼも雑草だらけになるか、手放すしかなくなるんだろうか。急に心配になった。でも、そういうことなんだ。引き継ぎがうまくいかないとバトンがつながらない。と、その時は真剣に考えたが、その後はわすれてしまっていた。
 五月四日の朝、父が何を思ったのか、
「今日は、田植えの手伝いにいくぞ。」
と、急に言い出した。ぼくは、身を乗り出して出かける準備を始めた。

 
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